2020年7月

遅くなってすみません。

自然と書く気持ちを待ってたらこんなに遅くなっちゃった。ここら辺の気持ちの向かせ方が難しいですよね。

貴船神社の最後のお宮になります。

結社(ゆいのやしろ)です。

ここに祀られているのは女神さまなんだよ。

もったいぶるけどこの結社が貴船神社の肝だと思うし、もし貴船神社にいらっしゃるのが龍神さまだけだったら恐いだけの神社になってたかもね。

御祭神は磐長姫(いわながひめ)です。

やばい正面からの写真撮ってなかった…

大山津見(おおやまつみ)という山の神様の長女です。

木花咲耶姫(このはなさくやひめ)のお姉ちゃんです。

結社という名前から分かるように縁結びの場所です。人間関係はもちろんですが恋愛特化って言った方が良いかもしれない。

古事記に出てくる磐長姫のエピソードが恋愛なんです。この話は古事記の中でも特に好きです。

古事記はジョジョみたいに主人公がどんどん変わるんですよ。それが面白い。第何部みたいな。

磐長姫は邇邇芸命(ににぎのみこと)が主人公の時代に登場します。

山の神は邇邇芸命をすごく気に入られて自分の娘二人を嫁がせます。娘を邇邇芸命に差し上げたんです。

一人はとても醜い姫、もう一人はとても美しい姫。

邇邇芸命は醜い姫を山の神に送り返してしまい美しい姫とだけ結婚しました。

それから醜い姫は大いに恥じて悲しんで人目に触れないこの山奥の貴船神社に閉じこもります。

その醜い姫というのが磐長姫です。

妹だけ嫁いで自分は親元に返されるなんて屈辱でしょう。悔しかったと思います。

後日談で磐長姫は貴船神社のこの場所に御鎮座される時にこんな言葉を残してます。

「我ここに留まりて人々に良縁を授けよう。」

これこそ神の御心。神の眼差しですよね。

こんな辛く悲しい気持ちは自分で充分という切ないけど優しい思いが伝わってきます。

恥じて悲しむまでは僕ら人間と同じ。でも恨まず逆に周りを祝福する姿勢は神の姿勢ですね。

貴船神社はこの磐長姫のエピソードがあるから有名な「丑の刻参り」発祥の地とされてますがとんでもない。

神の眼差しを履き違えてるね。

恋愛が思うようにいかない事は確かに残念だけど人を呪っていい理由にはなりません。

そこで祝福できるようになれば今はダメでも絶対いい出会いはやって来ます。

ちなみに以前お参りしたときに丑の刻参りらしき跡を見つけました。最後に載せるので見たい人は見てね。

あと見どころはもう一つあります。

平安時代の有名な歌人である和泉式部も恋愛成就に来てるんですよ。

め、めっちゃちっさいけど歌碑です…

この場所で切ない恋歌を詠んで祈願したんだって。

僕は貴船神社で奥宮より好きかもしれない。

結社の魅力が伝わったら何よりです。

磐長姫の切なさと温かさが感じられる良い場所です。

人を憎んだって良い事ないよ、ほんと。

人や自分を呪うくらいなら神さま呪って。

神さまは泣きながらヨシヨシしてくれるよ。

人を「呪う力」と「祝う力」の根源は同じ。

人を憎むことが出来るなら愛することもできる。

人を傷つけることが出来るなら癒すこともできます。陰と陽の考え方です。

じゃあ最後に丑の刻参りの写真を。

御神木に打ってるんだから大したもんだよね。

その度胸があるなら竹下通りで100人ナンパでもしてくれば良いのに。スカウトマンに混じってさ

被害に遭われたのはこの方

カテゴリー: 京都神社

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